2011年11月アーカイブ
と、書いたところで
天理教の根本テキストである、みかぐらうた(五下り目)の「どうでもしんじんするならバ 講をむすぼやないかいな」の意味を考えてみました。
講というのはざっくりいうとグループぐらいの意味ですよね。
親鸞は講を許さなかったという。
蓮如が講を組織して教団を大きくしていったそうです。
親鸞が何故、講を許さなかったのか知りませんが、おそらく組織化することで政治が生まれることを警戒していたのではないかと思います(誰か詳しい方、正しいことおしえてください)。内村鑑三の無教会主義を考えてしまいます。
我らが教祖は 多分その辺の事情を(感覚的にせよ)よくご存じだったのでしょう。
「人が集まると組織が生まれ権力が発生する」と。
それで「どうでも信心してくれるのであれば(神意にかなう奴ばっかりであるならば)」という条件付きで「講を結んでもよい(グループをつくってもよい、つまり教会を作ってもよい)」と許可したのではないでしょうか?
現下の問題は「全然信心していない人間が講を結ぶことばかり考えている」ということだと思います。
とか言ったら怒られそうですね。
もうこのくらいでやめます。ごめんなさい。
天理教の根本テキストである、みかぐらうた(五下り目)の「どうでもしんじんするならバ 講をむすぼやないかいな」の意味を考えてみました。
講というのはざっくりいうとグループぐらいの意味ですよね。
親鸞は講を許さなかったという。
蓮如が講を組織して教団を大きくしていったそうです。
親鸞が何故、講を許さなかったのか知りませんが、おそらく組織化することで政治が生まれることを警戒していたのではないかと思います(誰か詳しい方、正しいことおしえてください)。内村鑑三の無教会主義を考えてしまいます。
我らが教祖は 多分その辺の事情を(感覚的にせよ)よくご存じだったのでしょう。
「人が集まると組織が生まれ権力が発生する」と。
それで「どうでも信心してくれるのであれば(神意にかなう奴ばっかりであるならば)」という条件付きで「講を結んでもよい(グループをつくってもよい、つまり教会を作ってもよい)」と許可したのではないでしょうか?
現下の問題は「全然信心していない人間が講を結ぶことばかり考えている」ということだと思います。
とか言ったら怒られそうですね。
もうこのくらいでやめます。ごめんなさい。
親鸞の750回の法要の様子を見てきました。
人の数が思ったよりも少なかった。
動員数でいうと我らが天理教もいいセンいってるのかな?
(ちなみに、人の多さでは婦人会の100周年か何かが一番ヤバかったと思う)
これを見て、お道の後継者も天理教であることに自信を持ってほしいところです。
浄土真宗だって800年くらい前は新興宗教だったのだから。
天理教は立教174年だからあと600年くらい頑張らないといけないんだけど。
あと何年かで天理教でも、8代目の蓮如のような中興の祖がでてくるはずです。
ダメな時に突如現れる中興の祖が僕は好きです。
中興の祖というと臨済宗では白隠、山口組でいうと三代目の田岡一雄です。
どちらも興味深い人物です。
天理教が中興の祖が出てきた時に正しい対応が出来るかが問題です。
「一向一揆」をやれるか?
まぁ評価はいろいろありますから何とも言えない所ですが。
お道では二代真柱が中興の祖ということになってるのかな?
無知ですみません。
人の数が思ったよりも少なかった。
動員数でいうと我らが天理教もいいセンいってるのかな?
(ちなみに、人の多さでは婦人会の100周年か何かが一番ヤバかったと思う)
これを見て、お道の後継者も天理教であることに自信を持ってほしいところです。
浄土真宗だって800年くらい前は新興宗教だったのだから。
天理教は立教174年だからあと600年くらい頑張らないといけないんだけど。
あと何年かで天理教でも、8代目の蓮如のような中興の祖がでてくるはずです。
ダメな時に突如現れる中興の祖が僕は好きです。
中興の祖というと臨済宗では白隠、
どちらも興味深い人物です。
天理教が中興の祖が出てきた時に正しい対応が出来るかが問題です。
「一向一揆」をやれるか?
まぁ評価はいろいろありますから何とも言えない所ですが。
お道では二代真柱が中興の祖ということになってるのかな?
無知ですみません。
千代神社(彦根市)の宮司さんと話しました。
若い宮司さんでした。
疲れてらっしゃいました。
プロでも折口信夫は難しいとおっしゃってました。
若い宮司さんでした。
疲れてらっしゃいました。
プロでも折口信夫は難しいとおっしゃってました。
烏丸通で「千円ください」と言う人に千円あげませんでした。
理由如何で差し上げようと話しこむと500円にディスカウントされました。
理由如何で差し上げようと話しこむと500円にディスカウントされました。
緋文字(ホーソーン)を読みました。
ニューイングランドの清教徒社会が舞台の小説です。
主人公のヘスタープリンは不義の子を産んだことで胸に「A」の文字を付けて生きていくことになります。
作品の読み方は様々あるでしょうが、罪とは何か、贖罪とは何か、をテーマにした作品だと思います。
以前、九州方面の天理教教会本部直属の分教会長がしょうもない詐欺事件で逮捕されたことを思い出しました。
事件の内容から考えて、この会長はこの先一生誰にも信用されないでしょう。
罪を償った後も誰にも相手にされず、きっとポジションもないでしょう。
加えて、その家族、特に後継者である息子さんは将来にわたってずっと辛い立場に置かれるでしょう。さらに、先祖がやってきたことも評価が覆るでしょう。
残念ですが、末代呪われる可能性があります。
しかし、罪を犯した後の行動によっていろんな展開があります。
緋文字のヘスタープリンのように。
安東分教会の後継者に一読をお薦めしたい作品です。
ニューイングランドの清教徒社会が舞台の小説です。
主人公のヘスタープリンは不義の子を産んだことで胸に「A」の文字を付けて生きていくことになります。
作品の読み方は様々あるでしょうが、罪とは何か、贖罪とは何か、をテーマにした作品だと思います。
以前、九州方面の天理教教会本部直属の分教会長がしょうもない詐欺事件で逮捕されたことを思い出しました。
事件の内容から考えて、この会長はこの先一生誰にも信用されないでしょう。
罪を償った後も誰にも相手にされず、きっとポジションもないでしょう。
加えて、その家族、特に後継者である息子さんは将来にわたってずっと辛い立場に置かれるでしょう。さらに、先祖がやってきたことも評価が覆るでしょう。
残念ですが、末代呪われる可能性があります。
しかし、罪を犯した後の行動によっていろんな展開があります。
緋文字のヘスタープリンのように。
安東分教会の後継者に一読をお薦めしたい作品です。