「出家とその弟子」(倉田百三)を読みました。
大昔のベストセラーです。
出家というのは親鸞のことです。
親鸞 ~略~ 私は親しい心であなたに対しました。けれどあなたは私を受けいれてくれませんでした。その時私はあなたをお恨み申しました。外に追い出された時私の心は怒りました。もし奥様のとりなしの言葉が無いならば、あなたを呪っ たかもしれません。私は奥様に決して呪いませんと申しました。けれど夜がふけて寒さの身にしむにつれて、私の心はあなたがたを恨み始めました。私は決して 仏様のような美しい心で念仏していたのでありません。私はだいち肉体的苦痛に圧倒されそうでした。それからあなたがたを呪う心と戦わねばなりませんでした。私の心は罪と苦しみとに囚われていたのです。(「出家とその弟子」 倉田百三)
いわゆる「十悪五逆」から脱することによって救われようとするのではなく、自分の悪逆さを認識するところから救済を求めるというのは、僕にはしっくりきます。
(「悪」の定義は難しいけれども)人間は生きること自体に「悪」を内包していますものね。
※同意できない方はすみません。でも、肉食ってるだろうよ。あと、現在の豊かさは他人の犠牲の上に成り立ってると、ちょっと考えればわかるだろうよ。お前さんが生きていること自体が大変なコストなんだよ。グリーンピースか何かのHP見てみなよ。
なんちゃって。

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