2千円あげるか迷った話し

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甲子園口駅の近くで おばあさんが座りこんでました。
見た目 かわいらしいおばあさんで ゴミ袋にいっぱいものをつめこんで (盗まれないように)片手で固く、その全財産らしきものを握りしめ 寒さに耐えてらっしゃいました。
義侠心から 事情によってはこの前拾った2千円(交差点で2千円拾いました)をお渡ししようと話しかけると 年季の入ったホームレスの方でした。
家族と死に別れて生活に困った人のように見えたので 事情によっては「家に連れて帰ってお風呂に入れて~」とシミュレーションしましたが 僕のヒューマニズムが通用する相手ではなかったです。

ところで唐突ですが、今回の震災で「できる限りの支援をしようと思います」と軽々しく口走った人たちは、本当にできる限りのことをしたんでしょうか?
「できる限り」というのは、僕の理解では、小銭を募金することではない。
「できる限り」というのは、趣味を控えて、寸暇を惜しまず働き、得たものを全て施すというだけでなく、自分の家を売り払う・自分の着ているものを与える・自分の食事も与える、ことだと思います。

天理教の教祖がしたようなことを凡人ができるとでも思っているのかな。
「できる限りやる」とか「命をかけてやる」とか覚悟もなく言ってる人に、「お前の全人生を賭けてやったことはその程度かよ」といいたくなります。

言い過ぎました。ごめんなさい。

そのおばあさんには、ひとまず 手持ちのホッカイロの貼るタイプと貼らないタイプの2種類をお渡ししてきました。

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皇室や糸屋ゆかりの大根焚と粕汁

天保13年頃に藩主様(愛宕守)の領地に
世継(葛野守)が所有する氏神様境内や周辺を
先代様(三河守)などと祓清て分家(3陣屋)の強力で
産土宮(御殿)と若宮(御殿)を新調し

荘園(平安)時代からの5人組・庄屋から(庄屋=村や領地内)
藩の家来が狼煙や家職駅伝で各領地の庄屋・5人組へ
古式道理に真竹で新調した弓で魔祓の弓音が境内から始り

若宮様か御女様などの報告が伝られ
晩秋頃には=大根焚と(粕汁)冬の味覚の接待会=が
郡内で華やかに行れたのを御存知ですか。

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このページは、おぼんが2012年4月 8日 11:08に書いたブログ記事です。

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