
再び 大本(亀岡市)に行きました。
今回も出口王仁三郎の楽茶碗の展示は見られませんでした(常設展は展示品の入れ替えで休館)。
代わりに食堂でお昼をいただきました。肉っけゼロでした。
二代当主出口すみ子の書は、北大路魯山人や棟方志功にも激賞されるほどだったそうです。みたかった。
立教120年だそうです。
今年120年の節目になっているのを、僕の近くでも最近よく見かけます。
120年前は大変な時代だったのでしょうね。
ちなみに120年前(1892)は明治維新の25年後くらいです。国会開設は1890年なので、自由民権運動から激化事件の時代とシンクロして活動してたのでしょうね。
120年前は、第2回衆議院議員選挙があったんやね。当時の品川内務大臣は大干渉を行って、全国で25名(wikipediaより)の方が亡くなったんやね。選挙で死人が出る事態は、最近あるけれどもその時ほど大勢が亡くなったことはないやろね。
軍艦を増やすかどうかで、国論が真っ二つという当時の日本やったんやろね☆議会政治が成り立つか、憲法が命を持つかの瀬戸際でもあったわけやから、そうとう激烈な時代やったやろなあ。今の国会で繰り広げられるような論戦は遠く及ばないのか、ひょっとしたら今の国会の論戦は様々な価値観の話が出てレベルが高いのか。
コメントありがとう。
とくろうさんは さすが 何でも知ってますね。120年前はそんなことがあったのですね。
でも、こういうとお叱りを受けるかもしれないけど、当時の人々は 軍艦を増やすとかはどっちでもよかったんじゃないかな(もちろん国防は大事ですが)。
それより、生活が大変やったり、価値観が崩れてどう考えたらいいかわからなかったんじゃないかな、と思います。(急激に)世の中が変わって社会矛盾が続出してたんじゃないかな。
それが、さまざまの運動の原動力になったのではないかな。
どうでしょうか?
間違ってたらごめんなさい。