広島にいておもうこと

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広島市内には天理教の大教会がありません。
あれば合間に行きたかったのですが、僕の見る限り見つかりませんでした(間違ってたらごめんなさい)。

原爆投下で34万人いる住民の約14万人が亡くなったと聞きます。生き残っても後遺症とか被爆者差別などで悲惨な地域だったと思います。

戦後、誰がヒロシマの人の心を慰めたのでしょう。

天理の教えでは救えなかったのかな?
いや、先人は全力を尽くしたと思います。そもそも、大教会になったからって無条件にエライわけではないですし、各地の布教師が持ち場立場で、口先ではない「できる限りのこと」をされていたと思います。

とにかく、ヒロシマの人に一瞬でも安らぎがあったと思いたいです。
担い手が天理教じゃなくても、天皇陛下でも広島カープでも、あるいは創価学会でも・・。

とかいったら袋だたきにあいますね。

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コメント(3)

広島にはたぶん大教会は無いのでは?

一応、本部直属の分教会はあるよ☆安藝分教会があるよ☆

詳しくは調べてないけど、名前からいって広島にあるとおもう☆

あと、布教の家・広島寮があるよ☆

ちなみに長崎には、肥長大教会があるよ☆


広島の方達は、何に癒されてきたんやろねえ。カープは間違いなくその役を負ってきたと思う。

 ブログをいつも読んでくれて、おおきに☆

 『黒い雨』読んでるよ☆遅読やから、ゆっくり読んでるよ☆

 原子力爆弾は、恐ろしいものを作っちゃったもんや。そして、使ってしまうとはなあ。

 2月10日の読売新聞に有馬朗人元文部大臣が寄稿してる文章がおもろかった。

 原子力が人間にとって不幸だったのは、それがはじめて使用されたのが原子力爆弾としてだったことと、書いてあったわ。もし、平和利用されてたら、ちがう発展を遂げていたろうって☆

 考えてみれば、化学兵器も最初は化学肥料として使われるほうが先やから、今でも化学肥料は使われ続けてるもんねえ☆

 

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このページは、おぼんが2012年1月28日 22:40に書いたブログ記事です。

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